Mammalian face as an evolutionary novelty  

Hiroki Higashiyama*, Daisuke Koyabu, Tatsuya Hirasawa, Ingmar Werneburg, Shigeru Kuratani, Hiroki Kurihara,
2021. PNAS 118 (44) e2111876118

https://doi.org/10.1073/pnas.2111876118

ヒトでもトカゲでも魚でも、顔にはふたつの眼があり、口があり、口には上あごと下あごがあって歯が生えている―こうした基本的な要素の作り方や頭部骨格の配置は、顎を持つ脊椎動物の間で概ね保存的だと考えられてきた。しかし実は哺乳類の進化に際して上あごの作り方は劇的に改変されており、それが哺乳類独特の顔を生み出したようだ。

哺乳類では顔面の作り方が大幅に改変され、他の系統に対し口先の構造が丸ごと入れ替わっている。
哺乳類では顔面の作り方が大幅に改変され、他の系統に対し口先の構造が丸ごと入れ替わっている。

哺乳類の顔は独特だ。いわゆる爬虫類や鳥、両生類の鼻が外部的には上あごの途中に開いた鼻孔に過ぎないのに対して、哺乳類では顎と形態的/機能的に半独立した動かせる「鼻」がある。同時に哺乳類では上あごの骨格や神経の相対的位置関係も爬虫類や両生類などとは大きく異なるのだが、しかし、こうした解剖学的相違の背景にある進化は全く謎のままだった。我々はさまざまな動物の発生過程の比較や、分子発生学実験、古生物学的解析などの手法を用い、顎を持つ脊椎動物で概ね保存されてきた顔面形成の制約が哺乳類の系統で激変し、その結果、進化的新機軸として独特の顔が成立したことを示した。上あごを構成する胚要素は爬虫類と哺乳類とで物理的に入れ替わっており、祖先においてずっと上あごの先端を作ってきた発生原基が転用され哺乳類では鼻が成立したのだ。骨格や神経などの位置関係はこの発生原基の系譜の差を反映しており、口先の骨要素も哺乳類では大きく入れ替わっている。この結果は、哺乳類の進化研究の基盤となるとともに、顔面の解剖学的構造の位置関係やその発生についてのこれまでの教科書的な知見を更新するものと言えよう。

哺乳類の顔面は上あごから独立した可動式の鼻を持つことが特徴です。一方で爬虫類や両生類の顔といえば、上あごの先に直接鼻孔が開いており、哺乳類とは大きく異なる顔つきをしています。また同時に、上あごに分布する三叉神経 (trigeminal nerve)など、解剖学的構造の位置関係は、哺乳類とそれ以外の動物とで明らかな違いがあり、例えば爬虫類や両生類で上あごの先を支配する三叉神経の枝、眼神経(ophthalmic nerve; V1)は哺乳類では主に鼻を支配します(図1)。こうした形態的な差が哺乳類とそれ以外の脊椎動物との間にあるにもかかわらず、その差異にどのような進化的な背景があるのかはこれまで全くの謎でした。哺乳類の顔は、トカゲのような顔つきをしていた祖先から、どうやって特徴的な顔を進化させたのでしょうか。

図1:軟骨魚類など一部を除き、顎の作り方は高度に保存されていると考えられてきた。
図1:軟骨魚類など一部を除き、顎の作り方は高度に保存されていると考えられてきた。

まず、マウス(哺乳類; 獣類 Theria)、ハリモグラ(哺乳類; 単孔類)、ニワトリ(鳥類)、ソメワケササクレヤモリ(有鱗類; トカゲの一種)、ニホンアカガエル(平滑両生類)などの胚発生を、組織切片標本から三次元モデルを作って比較しました。ハリモグラ胚は新規にサンプルを得ることが出来ないため、ベルリン自然史博物館 (Museum für Naturkunde)に収蔵されている胚の組織標本を撮影、データ化しました。その結果、ニワトリ、トカゲ、カエルでは同じような発生過程で上あごが作られることが確認できました。これら哺乳類以外の動物では前上顎骨 (premaxilla)という骨が軟骨頭蓋の正中に形成され、上あごの先端を構成します。これに対して、マウスでは、前上顎骨が生じる領域に相当する部位には骨が形成されず、むしろ主に突出した鼻に分化することが分かりました。その代わり、マウスでは中上顎骨 (septomaxilla)という、軟骨頭蓋の鼻孔の脇、鼻涙管の先端に生じた小骨が発生を通じて肥大し、口先を作る様子が観察されました。ハリモグラではまるでそれらの中間段階のように、発生の早い時期には大きな前上顎骨をもつものの、発生を通じて次第に中顎骨が肥大化し、前上顎骨と置き換わってゆく様子が観察されました。

この哺乳類における口先の変化は、単に骨の入れ替わりに留まらず、顔全体を形成する発生原基の組み変わりそのものを反映していることも分かりました。これはDlx1-CreERT2マウスという、特定の発生原基を標識できる遺伝子変異マウスを主に用いて示されたものです(図2)。この実験からは、骨格や三叉神経の分布パターンのような解剖学的特徴の位置関係が、こうした顔面原基の発生系譜に従って分布することも示唆されました。

図2:Cre-ERT2マウスの仕組み
図2:Cre-ERT2マウスの仕組み

以上のような間葉の入れ替わりは、人為的に顔面原基の伸長を阻害した、いわば口唇口蓋裂モデルのマウス、ニワトリ、トカゲを比較することによっても支持されました。

では、こうした顔の構造の入れ替わりはどのような進化史を経て成立したのでしょうか。単弓類 (Synapsida; 哺乳類や多くの絶滅動物を含む羊膜類の系統)の化石の収蔵で有名なテュービンゲン大学(Universität Tübingen)に赴き、ディメトロドン (Dimetrodon sp.)や、ゴルゴノプス類のサウロクトヌス (Sauroctonus parringtoni) やディノゴルゴン (Dinogorgon rubidgei)、テロケファルス類のシルフォイクティドイデス (Silphoictidoides ruhuhuensis)など、哺乳類に至るさまざまな過程の化石記録をもちいて古生物学的な解析をおこないました(図3)。すると、哺乳類の成立とともに口先の骨が前上顎骨から中上顎骨へと徐々に入れ替わる過程が観察されました。これは上記の発生の比較と整合的であり、発生原基の組み替わりがペルム紀からジュラ紀まで約1億年かけて漸進的に哺乳類の祖先系統で起こったことを示唆します。

図3:さまざまな単弓類の化石
図3:さまざまな単弓類の化石


形態学 (Morphologie) を着想した J. W.ゲーテによる逸話的定義以降、前上顎骨 (premaxilla= 間顎骨; Zwischenkieferknochen)はあらゆる顎のある脊椎動物の上あごの前端に見出され、上あごを構成する骨格はある決まったパターンに制約されていると考えられてきました 。またその背景には顔の作られ方、すなわち顔面を形づくる発生原基の組み合わせ方が、(軟骨魚類などを除き)概ね画一的なルールに制約されているという定説がありました。しかし今回の研究は、哺乳類に至る系統でこうした祖先的な制約が破られて新たな形態的/機能的な結合関係が成立、その結果として上あごから独立した可動式の鼻を持つ哺乳類特有の顔が生じたのだということを示唆します (図4)。同時期に哺乳類の上あごは上顎神経で支配される胴毛で覆われ、後方の咽頭領域からは表情筋が伸長して独立した鼻や唇の運動を司るようになりました。こうした形態的な変化は、哺乳類特有の顔が、高度に保存された結合関係の破綻を経て新たな構造や機能が成立した、進化的新機軸 (evolutionary novelty) であることを意味します。

図4:哺乳類顔の進化と解剖学的構造の位置関係の変遷
図4:哺乳類顔の進化と解剖学的構造の位置関係の変遷

今回の研究の成果は、哺乳類の進化的起源を探る多くの研究の基盤となるとともに、「様々な解剖学的構造の相対的位置関係がいかにして決まるか」という古くからの問題に示唆を与えるものです。この知見は顔面の正確な形態学的比較を哺乳類とそれ以外の動物との間でも可能にし、進化研究は無論のこと、応用分野、例えば顔面の疾患研究等における異なる系統のモデル動物との比較においても重要な意味を持つ、教科書的な知見となりうるでしょう。



本研究は現象論として、三叉神経や骨化点などの顔の解剖学的構造の結合関係が顔面原基という発生モジュールの分布に固く対応すること、哺乳類特有の結合関係の成立は顔面原基の配置のズレに起因することを示しました。間違いなく現象論としてこれらは新しい知見をもたらします。が、その背景にある機構的説明はまだ難しい段階にあります。例えば顔面突起同士が結びついたのち、組織学的にはまるで境界の見えない間葉の中でも神経などの解剖学的構造はなお同じ発生由来を持つ構造との位置関係や領域性を保ちますが、それがいかなる機構によって保たれているのか/どんな条件で破綻するのかはいまだ不明です。また単弓類系統における漸進的な顔面原基のズレがどのような理由で生じたのかも分かりません。こうした問題に切り込むために、現在µCTスキャンや空間トランスクリプトームなどを用い、顔面原基の伸長の定量化を試みるほか、伸長するときや結合する際にどのような分子的な差異が空間的に生じるのかを知ろうと企てています。


本記事は、東京大学のプレスリリース用の記事をベースに加筆・修正したものです。

In This Issue (PNAS):


Press releases:

解説記事:


報道記事など:


Multimedia: