Coronary artery established through amniote evolution  

Kaoru Mizukami, Hiroki Higashiyama*, Yuichiro Arima, Koji Ando, Norihiro Okada, Katsumi Kose, Shigehito Yamada, Jun K Takeuchi, Kazuko Koshiba-Takeuchi, Shigetomo Fukuhara, Sachiko Miyagawa-Tomita, Hiroki Kurihara*
2023. eLife 12, e83005

https://elifesciences.org/articles/83005

われわれの心臓の高い生理機能を支える冠動脈は、脊椎動物が陸上に進出したのち、鰓の再編と頸部の伸長にともなう血管系の改変によって成立したようだ。

ウズラ心臓の冠動脈(樹脂により可視化)
ウズラ心臓の冠動脈(樹脂により可視化)

冠動脈 (coronary artery)とは心臓自体を栄養する血管系である。この血管の閉塞はヒト心筋梗塞の主な原因であるなど、正常な冠動脈は哺乳類の生存に不可欠だ。ところが、ゼブラフィッシュなどの魚にも冠動脈と呼ばれる血管系が心臓に分布しているわけだが、こちらは失っても特に生存には問題がない。生理的な重要性が変化しているのはたしかなのだが、それ以前に、これらの「冠動脈」は果たして相同な構造なのだろうか。

本研究では、哺乳類や鳥類、両生類、魚類など様々な動物の発生過程の比較をおこない、われわれがもつタイプの冠動脈が羊膜類(哺乳類、鳥類、爬虫類を含むグループ)の祖先で初めて成立した新規な構造である可能性を示唆する。羊膜類では、胚発生の段階で生じた血管系が二次的に再構成されることで成体の冠動脈が作られるのだが、両生類や真骨魚類、軟骨魚類では再構成が起こらず、一次的な血管系を一生持ち続けるのだ。この結果は、われわれのもつ羊膜類型の冠動脈が、脊椎動物が陸上に進出したのち鰓の再編とともに始めて誕生した構造であることを意味するのかもしれない。


われわれの身体には隅々まで血管が張り巡らされ、血流が行き渡ることによって保たれています。心臓自体も例外ではなく、冠動脈 (coronary artery) と呼ばれる太い血管が心室上に血流を送ることによってその機能が維持されています。こうした冠動脈の閉塞や異常は直ちに心筋梗塞などの重篤な心疾患に繋がることから、われわれ哺乳類において冠動脈の成立は生存に不可欠なものと言えます。

一方で、カエルのような両生類では「冠動脈は無い」と書かれることも多く、その形態や発生も実のところよく分かっていません。さらにゼブラフィッシュなど多くの真骨魚類にも「冠動脈」と呼ばれる血管網が心臓に分布していますが(図1)、欠損させても生存に影響は少なく、そればかりか冠動脈を持たない魚も数多くいます。では、われわれ哺乳類のような冠動脈はどのような過程で進化してきたのでしょうか?

図1:ゼブラフィッシュにも冠動脈のような血管網はあるが…?
図1:ゼブラフィッシュにも冠動脈のような血管網はあるが…?


マウス(哺乳類)やウズラ(鳥類)の心臓発生を観察すると、発生の中期に鰓弓動脈から「ASV(aortic subepicardial vessels; 大動脈心外膜下血管)」として知られる細かな血管が分岐し、心臓に向かって大動脈上を伸びてゆく様子が観察されました(図2; ピンク色)。続いてASVの先端が大動脈と心室の境界部に新たな入口部をつくり、ASVが失われると同時に新たな入口部から成体の冠動脈が二次的に形成されました(図2→)。

二ホンアマガエル(Hyla japonica)やアフリカツメガエル (Xenopus laevis)、ウシガエル (Lithobates catesbeianus)、アカハライモリ (Cynops pyrrhogaster)などを用いた観察は、両生類でもオタマジャクシ幼生期においてマウスやウズラと同じ位置からASV様の血管網が現れることを示しました。しかし、この血管は成体になっても新たな入口部をつくることはなく、心室にも分布しないまま、われわれの大動脈に相当する心臓流出路にのみ分布しました。 

図2:カエルとマウスの冠動脈発生
図2:カエルとマウスの冠動脈発生

ゼブラフィッシュ (Danio rerio)(真骨魚類)では、鰓弓動脈から現れた細かい血管が鰓下動脈 (hypobranchial artery)となって長い距離を伸び、心室に元から存在する原始血管網と繋がって、鰓から心室までを繋ぐ血管となる様子が観察されました。しかしこの動物でもマウスやウズラのような血管の再構成は起こりませんでした。サメやエイ(軟骨魚類)の血管系の形態はゼブラフィッシュに類似しており、同様の発生過程を経ていることを示唆します。

図3:心臓に分布する外来の血管網の変遷
図3:心臓に分布する外来の血管網の変遷


これまで心臓に分布する血管は、動物に限らず「冠動脈」とまとめて呼ばれ、同等の構造と見なされてきました。しかし今回の研究成果は、哺乳類型の冠動脈はおそらく羊膜類(哺乳類、鳥類、爬虫類)の共通祖先で新たに成立した派生的な構造であり、魚の「冠動脈」とは別物である可能性を示唆します(図3)。この変化は、脊椎動物が進化の過程で水中から陸上へと進出した後に鰓を完全に失い、鰓弓動脈が再編された結果として必然的に起こったものなのかもしれません。また、本研究はヒトでしばしば見られる先天性冠動脈異常のうち、冠動脈の起始部や走行の異常を、ASVの再構成不全の結果として解釈することを可能にしました。


今回の研究では、上に挙げた動物群のほかにハイギョやシーラカンスも含め、冠動脈分布の多様性と心臓の組織学的特徴との関係を探索しましたが、特に相関は見つかりませんでした。今後、水から陸への進化における形態的/生理的変化や、冠動脈形成異常などの様々な心疾患の成因を理解するうえで、進化発生学の視点からの冠動脈研究は一層重要なものになるであろうことが予想されます。 


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